貧乏ゆすりをする人の心理とは
貧乏ゆすりというと、「落ち着きがない人がする癖」という印象を持つ人は多いだろう。
心理学では、ストレスや緊張、不安を感じた時、人は無意識に一定のリズムを刻む行動をとることがあるとされている。足を揺らすことで気持ちを落ち着かせたり、緊張を和らげたりしようとする、いわば自己調整の一つだ。
もちろん、すべての貧乏ゆすりがストレスだけで説明できるわけではない。長年の癖として定着している人もいれば、集中している時や考え事をしている時だけ無意識に足が動く人もいる。
つまり、本人にとっては「人に見せる行動」ではなく、自分の心や身体のバランスを整えるための無意識な行動なのである。
しかし、この「自分を整えるための行動」は、周囲から見ると全く違う意味を持つ。
本人が無意識に心を整えようとした行動が、誰かにとっては不快の原因になる。このズレこそが、貧乏ゆすりという行動の難しさなのかもしれない。
なぜ人は貧乏ゆすりをしてしまうのか
では人はなぜ貧乏ゆすりをしてしまうのか。最も多いのは、仕事で上司に叱責された直後、人混みの電車などストレスを感じた時だろう。人は強いストレスを感じると、その不快な感情を少しでも和らげようと無意識に身体を動かすことがある。貧乏ゆすりもその一つだ。
緊張する時間帯にも貧乏ゆすりが現れやすいだろう。大切な試験の直前、面接の順番を待つ時間、病院の診察を待つ時間なども挙げられるだろう。じっと座っているように見えても、足だけは小刻みに動いている人がいる。これも緊張による自己調整の一つと考えられる。不安な気持ちを身体のリズムに変えることで、無意識に心を落ち着かせようとしているのだろう。
また、長年の癖として身体に染み付いている人もいるだろう。テレビを見ている時、スマートフォンを触っている時、考え事をしている時。本人は貧乏ゆすりをしている自覚すらないことも珍しくない。だからこそ、「やめて」と言われて初めて気づく人も多い。
本人は「自己調整」、周囲は「騒音」
貧乏ゆすりをしている本人は、心を落ち着かせようとしているだけなのかもしれない。しかし、その行動は周囲から見ると全く違う景色になる。
机は小刻みに揺れる。床からは一定の振動が伝わる。視界の端では絶えず足が動き続ける。
本人にとっては「心を整えるためのリズム」でも、隣に座る人にとっては「集中を乱す騒音」になる。同じ行動でありながら、本人と周囲では意味がまったく異なってしまう。自分を守るための行動が、知らないうちに誰かを傷つけてしまうことがある。しかも、そのほとんどは悪意ではない。無意識だからこそ、自分では気づきにくい。
これは、貧乏ゆすりに限った話ではない。ため息をつく。舌打ちをする。独り言を言う。スマートフォンを見ながら歩く。どれも本人にとっては何気ない行動だ。しかし、その何気なさが、誰かにとっては不快感やストレスの原因になることがある。人は「悪意」がある時よりも、「悪意がない時」の方が、自分の行動を振り返らないのかもしれない。
無意識ほど、人は気づけない
人間観察をしていると、人は誰かに迷惑をかけようとして生きているわけではないと感じる。
それでも、自分の心を守るために取った行動が、別の誰かの心を少しずつ削ってしまうことがある。
貧乏ゆすりは、そのことを最も分かりやすく映し出す行動なのかもしれない。
だからこそ、大切なのは「貧乏ゆすりをする人は悪い」と決めつけることではなく、自分の何気ない行動が誰かにどう映っているかを、一度立ち止まって考えてみることではないだろうか。
もしかすると、私たちも気づかないうちに、誰かにとっての「貧乏ゆすり」になっているのかもしれない。
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