土曜の昼間、ある大型ショッピングモールのフードコートでの出来事。
客席数は500席をゆうに越え、店舗数も10店舗ほど構えているフードコート。私は決まってうどんを食べるのだが、土曜の昼間、1週間の中でも一番と言っていいほど人が混んでる時間帯。まずは席を確保しようと、10分以上は経過しただろうか。席が空くのを待っている際は、とんでもなくいい匂いが空間に立ち込めている。魚を焼き上げる和の匂い、一度厨房で焼いた肉を鉄板に乗せその上からタレをかけた時に立ち登る洋の匂い、ラーメンと焼飯の独特な中華の匂い。誰しもがこれからありつけるご飯の待ち遠しさに気分を高揚させていた。
多幸感を切り裂く乾いた音
そんな中一際大きな音で「カンッ」と鳴り響く音を聞いた。最初私だけが聞いた空耳かなとも思ったが、まあそんなことはなく、周囲の人たちが一斉に音のなった方を振り向いた。4人席が空くや否や、そのテーブルを、持っていた自分の杖でテーブルの上に横たわらせた時のどこか乾いた音だったのだ。その時私はなんとも言えない不快感を抱いた。
繋がれた犬の無力感
私はなぜあの老人に不快感を抱いたのだろうか。パッと思いつくのは、あまりにも卑劣な老人のマナーの悪さだと思う。しかしそんな浅いものではない、と再度自問する。その際にも刻一刻と時間は過ぎ、私の目の前を行き交う人が大勢いた。「あぁ、今目の前で起きているこの光景のことだろうか。」と胸騒ぎがした。マナーに対して不快感を抱いたのではない。他の大勢のお客さんや私も含め、食事にありつける直前でのテーブルを取れないという多少の苛立ちを抱えている。そんな中「ルールを無視して、一番なりふり構わない手段で、テーブルを勝ち取った老人」に対しての、敗北感と無力感を覚えたからだ。その状況はまさに、餌を目の前にして「待て」を強いられている犬の敗北感と瓜二つだ。私は「マナー」というリードに繋がれたまま、ルールを平気で無視して餌をかっさらっていく野良犬を、ただ指をくわえて見ていることしかできなかった。老人の卑劣さに怒っているのではない。リードを律儀に守っている自分がひどく間抜けに思えて、それでもなお、ルールを無視した野蛮な力に出し抜かれたことに無力感を抱いていたのだろう。
正義を気取った調味料
結局その場にいた老人、お客さん、私も含め美味いご飯を食べるために椅子を奪い合う同じ檻の中の獣と化していた。人が徐々に引いていき、ようやく席を確保する。私は決まってうどんを食べる。購入するために並んだ列は、私が到着した時よりも短くなっていた。購入し終え、席についてうどんをすする。いつもの出汁の香りが鼻を抜ける。本来なら、空腹を満たす至福の時間のはずだろう。なのに、喉を通るツルツルのうどんはどこか棘があるように感じる。飲み込むたびにあの「カンッ」という乾いた音が鼓膜の奥で再生される。正義を気取った嫉妬ほど、不味い調味料はない。


コメント