冬も終わりかけ、そろそろ春が顔を出し始めるであろう雲一つない晴れの日の夕方。髪の毛はセンター分け、およそ普段から手入れしているのであろうツヤツヤな髪の毛が太陽の照りつける光で一目瞭然であった。髭、もみあげ、襟足までも綺麗にされており、いわゆる好青年といった風貌。首から下に目をやると、これまた綺麗な服装をしていた。青のポロシャツに黒のスキニー姿。そこまで見ていた私は、嫉妬や憧れに近い感情を抱いていた。
悲鳴を上げる踵、その救いようのない綻び
しかし彼が私の横を通り過ぎようとした時、アスファルトをズッズッ、と引きずる、歩調には合わない不協和音が聞こえた。彼の足元に目をやると、容赦無く踏み潰された踵があった。昨日今日の話ではないと訴えかけてくるほどの、どす黒いシワが幾重にも刻み込まれていた。まさに今にも悲鳴をあげそうな惨劇である。
しかし私が違和感を覚えたのは、踵が踏まれている靴を履いているからというそんな単純なものではない。上下の服は綺麗な身なりをしているにも関わらず、身の丈に合わない美意識の綻びが垣間見えたからである。
他人の綻びを貪る自尊心の飢餓
決して彼を哀れんでいるのではない。社会のルールを改めて説きたいわけでもない。私には、自分の身だしなみや立ち振る舞いはそれなりに律儀にこなしているという自負がある。だからこそ、一見すると非の打ちどころがない青年の潰れた踵を見た時に、私の胸にはひどく浅ましく、そして心地のよい優越感が湧き上がってしまったのだ。眩しすぎる彼を前にして一瞬怯んだ私の自尊心が、彼の足元の綻びを見た途端急激に息を吹き返す。「私は上から下、足の先までちゃんと出来ている。」と無意味なほど過信するまでに。相手の落ち度を勝手に採点し、自分の正しさを再確認するあの瞬間は、自分の心が歪んでいると知りながらも、気持ちがいいものだ。皮肉にも、こんな観察日記を書いていることが、私の優越感の現れだ。それでも、次の綻びを探して目を光らせている陰の私が内部でうごめいている。
ほんの一瞬の優越感だった。すれ違ってしまえば、彼はツヤツヤな髪をなびかせて、相変わらず私よりも何倍も眩しい春の街へと消えて行った。彼を引きずり下ろしたところで、私の人生の格が上がったわけでも、私の靴が磨かれたわけでもない。他人の踵を見ただけでしか自尊心を補給できない己の貧しさを、ただただ突きつけられただけだった。
春のほのかな暖かな風が、私の薄汚い本音を余所目にすーっと通りすぎた。気温が急激に変わったわけでもないのに、先ほどよりなんだか冷たく感じられた。

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