人間観察 「誰かがやるだろう」の境界線。駅の待合室で見つけた、小さな責任を誰も取らない理由 駅の待合室で、数センチだけ開いたままのドア。誰もが気づいているのに、なぜか誰も閉めようとしない。「自分がやるほどでもない」という心理が生む、日常の小さな無責任の境界線について、1月10日の観察から深掘りします。 2026.04.12 人間観察